国連難民帰還の直面する課題

UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)
    通称「国連難民機関」

国連難民機関の主要な任務は自国での紛争や迫害を逃れて
他国に逃げた難民を保護することにある

2001年の時点で1200面人を数えた難民は
2006年には、840万人まで減った

これは、アフガニスタン等での紛争の終結に伴う
難民帰還のためだが、いまだ祖国帰還の見通しも無く
受け入れ国での定住もできずに
600万人を超える人々が5年以上にわたる
難民キャンプでの生活を余儀なくされている

しかもその大半は女性と子どもである

グローバリーゼーションに伴い
途上国から先進国に向かう経済移民が増える中
欧米諸国は国際テロへの警戒感もあり
入国管理を強化している

その結果、パスポートや正式ビザを持っていないことの多い
難民が不法入国者と一緒に排除される可能性が高まっている

そのため
「難民を本国に強制送還してはならない」
とする難民条約の基幹原則が揺らいでいる
・・ノン・ルフルマンの原則・・
   例えると、嫌がる子ども達を家に連れ戻すのを禁じること


国外に逃れられない人々が急増

一般に外国に逃れて難民認定を受ければ
難民条約に基づく保護を受けられる

問題は、難民にもなれない人々
つまり、助けを求めるために隣国との国境にたどり着くことすら出来ない
「国内避難民」の存在だ

その総数は、世界で約2400万人
スーダンに約540万人
コロンビアに約380万人
日本への難民申請者の多いミャンマーに約50万人
イラクでは急増して約200万人に達する

彼らの置かれた状況は
難民と変わらないばかりか、時としてもっとも劣悪な場合さえある

その実態は
中国の東北地方(いわゆる旧満州)からの戦後の日本人の
引き揚げに近いだろう

侵攻するソ連軍に追われ、集団自決を決行したり
冬が迫る中で食料も衣料もないという地獄のような状況で
8万人もの日本人が異郷で命を落とした

混乱の中で見失った父母を求めて泣き叫ぶ子どもの声は
残留孤児問題として今も日本社会に響く

それと似た様な悲劇が世界中で2400万人の
身の上に起こっているのだ

にもかかわらず、国内避難民に対する
国際保護体制は脆弱というほかない

およそ自国民を保護する責任はそれぞれの国家にあるが
世界にはその責任を果たせない国が見られる一方で
時として政府の迫害が国内避難民や難民を
生み出しているような国もある

しかし、「主権尊重」「内政不干渉」の建前を前に
国際社会の対応は及び腰となっている

近年、国家が自国民を保護する能力がないか
その意図がない時には、国際社会が
「保護する責任」を負い、人道的介入をするべきだと
する考えが出てきた

しかし、国内避難民を誰がどのように保護すべきかについての
国際的合意や保護体制はいまだ確立していない

こうした中、UNHCRでは人道的見地から
国内避難民の保護に積極的に乗り始めた

現在はスーダンやイラクを含め主に7カ国で
保護活動をしているが、事業資金のほとんどを
寄附金に頼っているUNHCRの国内避難民向けの
予算が小さい

命を救い、国内避難民や難民の発生を防ぐには
国際社会からのおおきな財政支援が必要だ


開かれた多文化共生社会への道

日本にも、他国からの難民が生活しているが
その数は1万1000人のインドシナ難民を除き
難民の受け入れに消極的であった日本は
「難民に冷たい国」と思われている

そもそも、日本への難民申請自体が少ない
2006年の難民認定申請者の数は954人

アメリカでの5万1510人
フランスでの3万690人比べると小数だ

このうち、難民認定者を含め残留が認められたのは
87人だけで、改善はみられるものの
日本の入国管理政策が難民の保護よりは
不法入国の防止に重点を置いている事
また
社会一般にある難民や外国人は厄介者といった
誤解や偏見が「日本の冷たさ」の背景にある

難民を単に同情の対象ととらえたり、社会への負担と
考えるべきではない

日本で暮らす難民の中には
祖国で人権と民主化のために戦ったがゆえに迫害を受け
平和が戻った日には帰国して指導的立場に立つであろう
人々も少なくない

また知識と技術を有し、機会さえ与えられれば
生産的な仕事に従事できる難民も多いのだ

積極的に難民政策を推し進め
「難民を共生する」勇気を持てば
日本はもっと開かれた
「多文化共生社会」になれる

難民にすらなれない国内避難民や
各地の紛争の中で無為に生命を奪われていく無数の
人々に思いを致すなら

日本はもっと難民や避難民への財政的支援を
増やすことができるはずだ
そして、
難民や国内避難民を生む元凶である
紛争と人権侵害に対し、もっと積極的に発言すべきだと思う

そうした行動を積み重ねてこそ
日本は今以上に尊敬され
「国際社会で名誉ある地位」につくことが出来るのではないだろうか


UNHCR駐日事務所駐日代表「滝澤 三郎」
滝澤 三郎(たきざわ さぶろう)
1948年、長野県生まれ。法務省入省後、1981年に
国連欧州本部に着任
国連パレスチナ難民救済事業機関、国連工業開発機関での
勤務を経て、2002年にUNHCR本部の財務局長に就任
2007年1月から現職


2007・4・18(聖教新聞)

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